韓国でフェミニズム運動を起こした一冊の本。
“キム・ジヨン”の半生を通して見る女性の不条理とは
韓国で累計発行部数130万部を突破したベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』は、主人公キム・ジヨンの少女時代から結婚、出産にいたるまでの半生を通して、女性が背負う社会での重圧や女性であることの生き辛さを描いた告白譚だ。アジアはもちろん、世界中の女性たちの圧倒的な共感支持を得た、女性の“隠された履歴書”とも呼ぶべき小説がチョン・ユミとコン・ユの共演によって映画化され、ここ日本でもようやく公開となりました。
今では本屋の話題書コーナーに必ず並べられている『82年生まれ、キム・ジヨン』は、16年頃から始まった “MeToo運動(性的被害などを告白・共有する際に「#MeToo」をつけてSNSで発信する運動)”の系譜を受け継ぐフェミニズム小説です。韓国内での女性差別を露わにする内容から、フェミニズムに嫌悪を示す男性の姿も数多く露呈しました。韓国での刊行当時(16年10月)、人気K-POPアイドルRed Velvetのメンバー、アイリーンが本書を読んだとSNSに投稿しただけで、男性ファンは「アイドルがフェミニスト宣言をした」と突如怒りを剥き出しにし、彼女への心ないバッシングが勃発したことでも話題となりました。
妻として、母として、幸せを感じることもあるけれど―。
社会と断絶していく日々への違和感……。これって気のせい?
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』は、小説同様にジヨンの慌ただしい日常から始まります。キム・ジヨン33歳、結婚3年目。忙しなく育児と家事に追われる彼女の目は、どこか虚ろです。IT会社に勤める夫と、娘アヨンとの3人暮らしは幸せだけど、育児を選ぶことで仕事を諦めなければならず、社会との断絶を否応なしにされた立場にある彼女は、どこか寂しそうにも見えます。
保育園に子供を迎えにいけば、彼女は自ずと「アヨンママ」と呼ばれ、母になることで“キム・ジヨン”としてのアイデンティティを日々失っていくことを感じずにはいられませんでした。そう、彼女は社会でのひとりの人間としてありたいだけなのです。
そんな彼女は、ある日パン屋で仕事をしようと決意するものの、夫から投げかけられるのは、「お金がないわけじゃないから働かなくていい。家にいて子育てすればいい」という、彼女の根底にある願いを理解していない、心ない言葉でした。
さらには夫の実家を訪れた時の些細な出来事にすら、彼女は“何かが違う”という違和感を隠せなくなります。自分は一瞬たりとも休むこともできずに、家にやって来る親戚のためにひっきりなしに世話をしなければいけない家政婦のような待遇に、ひとりの人間として見られていないのではないか、とさらに不安にかられていきます。ついには彼女の心が壊れてしまう瞬間がやって来てしまいます。
彼女はふとした瞬間に、周囲の女性の人格が乗り移ったようになり、変わった言動が目立つようになっていきます。ある時はジヨンの母のような口調で話したり、またある時は祖母のような口調で話したりする不思議な言動は、まるで、これまで女性たちが心の中に閉ざしてきた思いを、ジヨンの身体を通して吐露しているような気さえ感じさせます。
そんな普通ではない妻の姿を見て、夫のデヒョンは彼女を精神科医に通わせようとします。そこでジヨンはこれまでの人生を振り返りながら、積もり積もった日常の違和感を生まれて初めて他人に話し、そして気づかぬうちにジェンダー暴力によって“棘だらけになった心”と向き合っていくことになるのです。