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【漫画】“毒親”は愛情の裏返し?『最果てのセレナード』から読み解く“母娘”の呪縛

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──ひのさんがそのような関係性を描きたいと強く思うようになったきっかけは、一体何だったのでしょうか?

ひの「話せばちょっと長くて、子供の頃にまでさかのぼるんですけど……。子供の頃って基本、一人の人間扱いしてもらえなくないですか? たとえば家だったら“子供”とか、学校だったら“優等生”とか“イジっていいヤツ”とか、何かしら外から見た役割を当て込まれるもの。なかなか、『実は違う面も持っている子なのかも』とは見てもらえないですよね」

──たしかに、どうしても一つに決め込みたがりますね。

ひの「多面的になると理解できないから、理解できるよう一つの役割に改変され、それに従うよう強要されるというか。そうした上で『アナタのこと、分かっているからね』と言われても、さすがに『いやいや、何も分かってないでしょ』ってなる。

──だけどこうして作品を通じて人と人の関係性を描いているということは、「分かること」への希望を捨てていないからでは……?

ひの「大学のときに、友達に愚痴というか打ち明け話をしたんです。そうするとみんな、『分かるよ~』みたいな共感を示してくれて。でもそのときに一人だけ『全然分かんねえ!』と言ってきた子がいて。なぜか私は、その人のほうに共感してしまったんです。『だよね! やっぱ分かるわけないんだよ、分かるよ!』みたいな

──むしろ一番分かろうとしてくれたゆえの「分かんねえ」だと感じられたんですね。

ひの「でも、分からないということは絶望的な終着点じゃなくてむしろ出発点なのかも、と思えるようになった。それは、その人のおかげかもしれません。……もちろん、『終着点にしない』という意志があることが大前提の話ですけど」

──なるほど。だから小夜の母親に対して、読みながら、「本当にただの毒母なんだろうか……」という一抹の違和感を覚えてしまったわけですね。今後は、そういった登場人物たちの関係性がさらに奥深く描かれていく予定でしょうか?

ひの「そうですね、人間や人間関係は外から見て簡単には分からないだけでなく、そもそも多面的じゃないですか。どの角度から見るかで全く違ってくる。たとえば律と小夜の関係は、小夜の母親問題を起点に見ると絆が強そうに見えるけど、小夜がピアノを弾き続けるか辞めるかという問題を起点にすると、もう少し小夜に対する律の気持ちは複雑に見えてくる。二人の関係はこうと、ひと口で説明できないと思うんですよ

同じように小夜と母親の関係にも、毒母とその娘、以外の面もあるでしょう。ピアノというものを介さず、あるいは単に律には見えないところでは良好な関係もあるかも。さらに言うと、『小夜の母』が親子関係において毒母であることは、『白石明日子』(小夜の母)が単なるとんでもない人であることを示さないと思っています。『娘思いで、その思いがブレない強い人、良い母親』が、小夜との関係性においては毒になっている。毒母というのは特定の角度からみた彼女の一面でしかありません」

──たしかに、小夜が母親の「自由にしていいのよ」という言葉を素直に受け入れれば、二人の関係性はまた全く違ったものになってきますもんね。必ずしも単なるひどい母というわけではない……

ひの「だから私、この作品のキャッチコピーを作成するとき、“恋愛”とか“恋”とかいった単語は使わないでほしい、とお願いしたんです。人間や人間関係の多面性をわたしは愛しているし、この物語は特に『この面から見るのが正解だよ』という風には差し出したくないので! だから今後も、律と小夜の関係も、そして小夜と母親の関係も、なるべくラベルを付けずにできる限りそのままの形で、なにかの名前や型に押し込めないように描いていきたい。そして律や小夜はもちろん、小夜の母親、そして律の母親のことも、一人の人間として読んでもらえたら嬉しいなと思っています」

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取材・文/山本奈緒子

Edited by 金森 紗瑛

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